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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

あなたの音を聴き続けたい

 ※レズ的な絡みが含まれております


   『あなたの音を聴き続けたい』








 私は紅美鈴。幻想郷で有名な紅魔館で門番を任せられている者。
 この周りには氷精チルノや力の持った大妖精、その他様々な妖精の住む湖がある。
 館の裏手には、花の咲き乱れた庭。
 そして湖の向こう側に、紅魔館とははまた別の洋館がある。
パチュリーさん曰く「夜な夜な墓場でライブを開いては騒がしくして客を盛り上げる幽霊楽団」がいるらしい。
 昨日はその方向から、陽気なトランペットに似た音楽が聞こえていた。
 その音楽の影響か、その日咲夜さんやお嬢様の気分も高ぶっていらした。
 そして今日聞こえてくるのは、ヴァイオリンに似た音。
 その音は聴く者の気分を海の底まで沈めてそうなほどに、気持ちを欝な方向へ導ようなものだった。
 ただ昨日のトランペットと比べて音が大きくないのか。館の中にいれば、音は聞こえて来なかった。
 しかし私は門番。外に出て立つことが多い仕事。否応なしに演奏を聴き続けないといけなかった。
 別に演奏を聴くことが不快ではなかった。
普段はこんなことがないので少し新鮮に感じていたり、BGMとしていいかななんて思っていたり、退屈にならなかったから。
 そんな風に考えたことを撤回するのはすぐだった。何より聴く者の心を落ち着かせすぎるような音だったかたら。
 借金を背負い、家族を失った中年男性が今聞こえてくる騒霊の演奏を聞いたなら、その場で生きることを辞めて飢え死にを待つか妖怪に食べられるのを待つようになるに違いない。
 それだけの力をこの音楽は持っている。私自身さっきから仕事に対する情熱というものが、どんどん奪われているような気分であった。
 一時間や二時間ならともかく、五時間六時間と聞いているとさすがに気分が滅入ってくる。
 昨日咲夜さんに仕事をきちんとしなさいと文句を言われたことや、パチュリーさんに叱咤されたことを思い出す。
 誰かに愚痴を聞かせて、こんな仕事辞めてやると冗談の一つでも飛ばしたい気分になった。それぐらい、今の私は茹だれていた。
 木陰に入って休憩。音のする方をみつめる。湖の向こう側にある、紅魔館と別の洋館。
 少しの興味から、私はあの洋館へ行ってみることにした。咲夜さんに頼んで一時間程暇をもらい、すぐに紅魔館を飛び立った。

 湖を通るとき、氷精のチルノを見かけた。退屈そうに水に浮かんでいる。こちらを見ても、彼女の反応は薄いものだった。
「ねーねー、門番。あの音なんとかならないの? 一日中聞こえてきて嫌になっちゃう。うるさいったりゃありゃしない」
「そうね。今からそれを見てくるのだけど」
「ふーん。じゃあね」
「今日は弾幕ごっこしよう、って言ってこないのね」
「あの音で気が散るんだもん。何もする気が起きない」
「そう。じゃあね」 
 いつもは、向こうから暇潰しにと言ってスペルカードバトルを挑んでくるチルノだが、今日は元気がない様である。
 湖を抜けると、洋館の入り口が見えてきた。周りにはそこらに漂っている妖精しかいない。
 その洋館はとても綺麗とはいえない物だった。そこら中が痛んでいるようで、住みたいとは思わなかった。
 相変わらず、館の中からは独奏の音がここら一帯に漏れている。私は玄関の扉をノックし、中へ入った。
 中はとてもカビ臭く、そこら中に蜘蛛の巣が張っていた。
人がいる気配は全くなく、確かに幽霊の類しか住めそうにないと納得した。
「ごめんくださいー」
 声をかけても、思ったとおり反応はない。勝手に上がらせてもらう。
 割れたガラスを踏み、舞い上がるほどの埃に咳き込みながら音のする方を目指した。
 崩れた天井が瓦礫となり、通行の邪魔になっているのでそれを壊しながら進む。
 私を化かそうとする妖精が出ようものなら、吹き飛ばして。
 朽ちた螺旋階段を昇り、音楽が聞こえて来る三階まで登る。
 廊下を進み、ノブの壊れたドアを押し開けて、ようやく演奏者のところに辿りついた。
 黒の帽子に、黒の上下おそろいの服装の少女が一心不乱にヴァイオリンを弾いている。
 開いている窓から湖、紅魔館に音が漏れていたのだろう。
 不意に音が止まる。少女が私に気付いたようである。
「あの、こんにちは」
「……誰?」
 少女の声はとても小さく、聞き取り辛かった。彼女が醸し出す空気がとても物静かなせいかもしれない。
 それに、どこか暗い感じ。幽霊だからかどうかわからないが、表情に生気を感じなかった。
「私は紅美鈴。紅魔館って言って……ほら、あそこの建物に住んでいる者よ」
 窓の外を指指して自己紹介。紅魔館を見て彼女が頷いた。
 私はいつも外にいるので、もしかしたら姿を見たことがあっていつもいることを知っているのかもしれない。
 私に椅子を勧めてきたので、遠慮なく座らせてもらった。
「わたしはルナサ。ルナサ、プリズムリバー。知らない? 幽霊楽団のこと」
「噂に聞いたぐらいは……」
「そう……」
 プリズムリバー。幽霊楽団。彼女達は幽霊のようなもので、自由気ままに騒いで漂っているような存在。
 パチュリーさんか、お嬢様からそんな話を聞いたことがある。騒霊という存在自体は前から知ってはいたけど、こうして面と向かうのは初めてである。
「それで、紅魔館の人がどうしたの? プライベートライブでも開いて欲しいの?」
「あ、いや……そうじゃないんです。ただ音が聞こえてきて、なんと言うか、気になっだけで……」
「……迷惑だったかしら?」
「いえ、そんなことじゃないの。むしろ、今演奏の邪魔しに来てるみたいで私が悪いかもって思うぐらい」
「そんなこと、気にしなくていいわ。少し暇だったから、お客さんは歓迎よ」
「そう」
「ええ」
 そこで会話が途切れる。ルナサはそのことを全く気にしていないようだった。
「あの、あなたの音変わってるのね。何だか聞いてて落ち着くんだけど、落ち着きすぎて気分が沈んでいくような感じ」
「そうなのかしら。妹達にはいつもそう言われるみたいだけど」
「あ、そういえばその妹さん達は? おでかけ中?」
「今日は天国でライブを開くことになってる。ネガティブなわたしは似合わないからって呼ばれなかったから、こうして留守番よ」
「なるほど、そういうことなのね」
「ところであなたはいつも外にいる門番さん? よく吹っ飛ばされてるのに健気ね」
 そう聞かれて、ルナサに興味を持ってくれたみたいで少し嬉しかった。悲しくもあるが。
「え、ええ、そうよ。いつもいつも魔法使いに負けてるけど」
「よくそれで務まるものね」
「まあ、なるようにになると言うか……」
「なんだか疲れているようね」
「疲れるわ……こんなときにあなたの音を聞いていると、何もかもが嫌になって仕事を放り出したくなる」
「サボってきたの?」
「ち、違うわよ! 今は許可をもらって外出してるんだから……」
「サボらせてくださいって?」
「……そうともいうかも」
「そ、そんなことよりも、少し私の話し相手になってくれないかしら? 暇なんでしょう?」
「ええ、いいわよ」
 私が今の仕事に対して抱いている不満を、少しだけ彼女に聞いてもらった。
 褒められることの少ない仕事。苦労の多い仕事であるということを。
 彼女が聞き上手なので、少しだけと思っていたのにどんどん話し込んでしまう。
 仕事だけでなく、プライベートに関することまで少し聞いてもらった。
 彼女の方から喋ってくることは少なかった。あまりそういうのが苦手なのか、引っ込み事案なのか、人見知りされているのか。
 そもそも勝手に入ってきた私が嫌な目で見られるのは当たり前なのに、彼女はそんなことを気にしていないようであった。
 私の話をどんどん聞いてくれる彼女に、今更そんなこと聞けないが。
「ねえルナサ、今日はそろそろ帰るわ」
「そう」
 長い時間相手をしてもらった。もう陽が暮れているほどに。
 私は喋り疲れた。けれど彼女は聞き疲れたとか、そんなことないようだ。
「ごめんなさいね、勝手にお邪魔して」
「いいのよ、妹達が居なくて暇だったし。きっと妹達がいたら騒がしくてこんなにのんびり出来なかったわ」
「……ねえ、明日も来ていいかしら?」
「そうね、暇だと思うから別にいいわよ」
「明日はあなたの話聞かせてね」
「いいわよ、今日は美鈴の話たくさん聞かせてもらったから」
 会釈して、部屋を出て行った。再びヴァイオリンの旋律が辺りに流れ出してくる。
 洋館を出て開け放たれた窓のうち、ルナサが見える窓を見つめると笑顔が返ってきた。
 負けじと笑顔で挨拶して、紅魔館へ帰る。

 帰ってきた私を歓迎する者は妖精メイド達だけだっだ。他の住民達はあまり快く思っていなかった。
 特に咲夜さんの機嫌が悪い。
「一時間で帰ってくるんじゃなかったの? 遅すぎるじゃない」
「……すみません」
 小一時間程ねちねちと小言を言われ続け、仕舞には食事を減らすわよと脅される始末。
 お嬢様の仲裁により、そんなことにならずに済んだ。ただ、その日咲夜さんが飛ばす目線はとても威圧感があった。
 夜。私はお嬢様にお願いして、明日一日暇を頂けないかと頼んだ。
 お嬢様は快く了承してくださった。私が外出しようとするのが珍しく思われたそうで、土産話を聞かせて欲しいとのこと。
 ルナサに愚痴をこぼしたことだけは誰にも言うまいと、心に誓った。
 でもどうしてだろう。彼女に対して何か特別な想いが自分の中で芽生えたような感触がする。
 まるで一目ぼれでもしているように胸が締め付けられる。
 もっと彼女に自分のことを知ってほしいと望む。もっと彼女に迫ってみたいと願う。
 興奮してなかなか寝付けないまま、夜は過ぎていった。


 翌日、私はお昼を過ぎてから騒霊達の住む館を訪れた。咲夜さんに頼んで譲ってもらった、買い置きのお茶菓子を持って。
 その日は洋館から演奏は聞こえてこなかった。湖を通りかかると、チルノが声をかけてきた。
「そこ行く門番、どこいくの? 何持ってるの?」
「あら、チルノ。今日もあそこに行くのよ」
「ふーん。甘い匂いね、あたしにも頂戴よ」
「だめ。悪いけど、また今度ね」
「ぶー、別にいいけどさ。また今度にしてあげる」
 今日のチルノちゃんは昨日と違い、いつも通りの機嫌みたいである。ただ、今は相手をしてあげることはできないのでお別れだ。

 洋館に着く。一応、昨日のように声をかけて。返事はなかった。
 昨日と同じ部屋を目指してくたびれた建物を歩く。その部屋のドアをノックすると、テンションの低そうな声が聞こえてきた。
「どうぞ。美鈴かしら?」
 声をかけて入っていくと、彼女が少し柔らかそうな笑顔を見せてくれた。
「今日は妹さん達いないの?」
「まだ帰ってこないみたい。そのうちかえって来るでしょう、まあゆっくりして行きなさいよ」
 持って来たクッキーを見せると、お茶にしようと嬉しそうに彼女が言った。
 幽霊なのにお茶を飲むのだろうかと疑問に感じたが、白玉楼の亡霊嬢を思えばどうとでもなるのかと納得した。
 むしろこんなにボロボロな建物に、お茶を入れられるような設備が整った部屋なんてあるんだろう。そっちの方が怪しい。
 そう思って訊いてみると、幾つか綺麗なままの部屋もあるらしく、そこには水道があるとルナサは言った。
 彼女に淹れてもらったお茶を啜り、二人して少し湿気ているクッキーをつまんだ。
「今日も仕事を抜けて来たの?」
「ううん、今日は特別に一日暇を頂いたの」
「サボタージュしに?」
「酷い言われ様だわ。こうして、あなたとお茶したくて来たのに」
「そう? 嬉しいこと言ってくれるじゃない」
 彼女の顔が少し綻びる。喜んでくれたみたいだ。
「ルナサはいつも何してるの? 演奏して、ぶらぶらそこらを漂ってるの?」
「そんな所かしらね。楽しく騒いでいられればそれでいいの」
「ふうん。幽霊って言うからには、何かこの世に未練があるからじゃないの?」
「さあねー。厳密には幽霊じゃないって白玉楼のお嬢さんに言われたけどよくわからない」
「……ややこしいのね」
「人間じゃないあなただって、十分ややこしいじゃない」
「それもそうね」
 ふふふ、と小さくルナサが笑った。初めて会ったときに抱いた、暗いイメージに明るみが加わった。
 暗い中にもある、彼女の明るさを知ったような。
 そしてその明るい部分をもっと見てみたいと思う自分がいる。
 もっと彼女を笑わせることができたらいいのにと、考えてしまう。
 それはまるでルナサに恋心を抱いてるみたいで、気がつけば彼女にどんどん近づいていた。
「ちょ、ちょっと美鈴……顔が近いわ」
 私はルナサの手を取り、肉薄した距離で彼女の目をじっと見つめる。
「ねえルナサ、聞いて。昨日あなたとお喋りして帰ってから私変なの……」
「ど、どう変なのかしら……」
 ルナサは少し嫌がっている感じ。でも私はルナサのことを知りたいから彼女にくっつく。
 ルナサが唇を奪われたとき、どんな目をするのだろう。ルナサの口の中はどんな味がするんだろう。
 どこをくすぐってあげたら、心地良さそうにするんだろう。彼女の耳元で愛を囁いたらどんな反応をするんだろう。
「ねえ、ルナサ」
「な、何かしら……美鈴」
 ルナサはすっかり怯えてしまっている。別にルナサを痛めつけるようなことはするつもりないのに。
「同姓同士で肌を重ねるのは嫌?」
「ちょ、ちょっと何言って……!」
 聞いておいてあれだが、返事を待たずに私は彼女にキスをした。
 ルナサの腰に手を伸ばし、しっかりと抱きついて。彼女の瞳孔が大きく開く。
 とても驚いているみたいだ。目を瞑って、構わずキスを続ける。首を曲げたりして、様々な角度から接吻を迫った。
 次に少し歩きながらキスを続ける。密着しているので歩きにくいが、踊っているような気分。
 唇を放して、彼女の目を見つめる。目を潤ませて私が強要したことを甘受しているみたいに見えるが、目線を合わせてはくれない。
「美鈴、どういうつもりのなの? 人の唇突然奪って……」
「私の愚痴を嫌な顔せず聞いてくれるあなたが好きになってしまったの。あなたともっとお喋りして、あなたにもっと近づきたいと思ったの」
「……やめて、美鈴」
「お願いルナサ、もっとキスさせて。もっとあなたの声を聞かせてよ……」
「いや……もうやめて!」
 声を張り上げたルナサが私の胸を突き飛ばした。その衝撃に、そのまま尻餅をついて座り込んだ。
「私達昨日知り合ったばかりじゃいの! こんなこと、間違ってる……」
「……ルナサ」
 彼女の声が少し震えている。怒りに震えているのか、迫ってきた私が怖いからか、どうなのかわからない。
「わたし、あなたのこと嫌いじゃなかった。でもこんなことされたら、好きにはなれない……。お願い、今日はもう帰って」
 彼女の言った言葉は信じられなかったが、常識を考えれば当然であった。
 彼女の表情を窺ってみようと思ったが、俯いていてよくわからない。
 私は黙って、ここを立ち去ることにした。
「美鈴」
 ドアに手をかけたところで声をかけられたので振り向く。
 彼女の表情は酷く落ち込んでいるようなものだった。でも、一瞬だけ柔らかいものになる。
「クッキー、美味しかったわ。ごちそうさま」
「……お粗末様でした。さようなら」
 酷く悪いことをしたと罪の意識を抱えながら、私は紅魔館へ帰った。

 妖精メイド達への挨拶はほどほどに、私は部屋で横になった。
 さっきまでの自分の行為を後悔して、溜息をつく。
 どうしよう。もう彼女に会いに行くなんてできない。
 最後に見せてくれた彼女の優しさが余計に胸を締め付ける。
 夕食は遠慮して、皆とは会わずに休むことにした。一晩、整理する時間が欲しかったから。


 翌日、私は咲夜さんに湖の向こう側に見える洋館を探検してきただけと話した。約束していた人には会えなかった、と嘘をついて。
 珍しく朝起きていらしたお嬢様にも同様に、大したことはしていませんよと言った。
 つまらないの、と感想を漏らしたお嬢様は何故かいやらしい笑顔を浮かべていらした。
 何かを見透かしておいでなのだろうか。わからない。
 朝食を頂いて、門番の務めに勤しむ。私はもうこれ以上ルナサの所には行かないことにした。
 きちんと会いに行って謝りにいくべきなのだろうけど、彼女の妹さん達がいればルナサの言うとおり騒がしいのだろう。
 そうなったらとても謝る空気にできないし、彼女が騒ぐのを邪魔しにいくみたいだ。だから、もうあの洋館には行かないことにした。
 これからも、今までどおりここで門番を続ける。愚痴を聞いて欲しい友達を一人無くした気がするけれど、続けなければいけない。
 溜息をつきながら、仕事を続ける。こうしているのがきっと誰にも迷惑をかけないし、平和なんだ。
 その時どこからか例の演奏が聞こえてきた。それはヴァイオリンの音。彼女が奏でる音。
 洋館の方を振り向くと、ルナサが飛んできた。彼女はこちらに近づき、目の前に降りた。
「こんにちは、美鈴」
「……こ、こんにちは」
 欝な音を吐き出す彼女が、彼女なりに明るい笑顔を見せて接してきた。今の私に明るく振舞うなんて出来ないので、質素な挨拶をしてしまった。
「初めて会ったときみたいに、もっとにっこりしてよ。あなたらしくないわ」
「……私はあなたに酷いことを強要したの。私はもうルナサに付き合うのはやめにする。これ以上、あなたに迷惑をかけたくないから」
 そう言って、そっぽを向いた。
 私の嫌がらせみたいな態度に悪態をついて、ここから去ってくれればいいのに。
 これ以上優しくされてしまったら、また昨日みたいにルナサへ迫ってしまうから。
「ねえ美鈴、昨日はごめんなさい。驚いてしまって、あんな態度取ってしまって」
「……ううん、ルナサは当然の反応だわ。誰だって、あんなことをされれば嫌がる」
 彼女が突然私の手を取り、彼女の方から迫られる。昨日とは逆に、私が唇を奪われてしまった。
 驚いて、目を見開いた。顔が遠ざかっていき、彼女が悪戯っぽく笑う。
「この続きはまた今度にしましょう。わたし、あの部屋で待っているから」
「……うん」
 ルナサはそれだけ言うと、演奏しながらどこかへ消えていった。
 おそらく、一晩の間に彼女も整理をつけたのだろう。
 気分が沈んでいたさっきまでの私はどこかへ飛んでいき、今は嬉しくて笑いがこみ上げてくるほどだった。
 私は明日も暇をいただけないかと、お嬢様に頼むことにしよう。それで、次はきちんと何があったのか話すんだ。
 新しい友達、いや恋人が出来たと。
 彼女へのお土産も忘れない。次は私が何か作って持っていってあげよう。
 咲夜さんに聞けば、お菓子の作り方を教えてもらえるかもしれない。
 今度彼女に会うときはどんな笑顔で会えばいいんだろう。
 彼女の暗さを吹っ飛ばすぐらいの、飛びっきりの笑顔でこんにちはをしてみようか。
 それとも、あえて彼女の暗さに合わせた顔にしてやろうか。彼女が真似をされたでも思って、笑ってくれるだろうか。
 ああ、ルナサともう一度接吻を交わしたい。幽霊なりの、肌の温もりを感じたい。もっと彼女に甘えたい。
 そんなことを考えながら、湖の向こう側に見える洋館を眺めた。

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